2009年10月11日

Labyrinth Flaneu2 偽りの揺籃

「もう終わりだな」
 街の見回りを終えたディアンは帰路についていた。今日もこれといって縄張りを侵すものはないようだった。
 最後に中華料理店「世界」で、肉まんを食べて帰ろうとしと向きを変えた。
 「世界」は混乱の最中だった。
「どうしたの」
 放り出されたのか道で呆然と壊れ始める店主に近づく。
「あいつらひどいんだ」
 あいつらを見た。冒険者だった。
 冒険者、彼らはどこかの異界から来訪し、自らの正義を掲げ、理解できないものを敵として、葬り消えていく。捕らえて、全てを吐き出したところ分かったのは、彼らは自分の所属している世界では英雄であるということだ。
「あんた達」
 ディアンは声をかけた。暗がりから現れたのは道服に身を固めた死者たちだ。僵尸。キョンシーと呼ばれるそれを中心としたのが、女性で構成される『星灯照』に不足しがちな武力を維持しするものだ。
「おい、お前、ここは」
 ディアンが声をかけると冒険者は剣を構えながらこっちを見てきた。
「死者を操る邪悪なものよ。お前がこの地を侵す事で、どれだけ人々に迷惑がかかるかわからないのか」
「迷惑だ。そうして店の中を荒らす方が余程迷惑だろ」
「旅の為にはこうした店の中を探すのは大切な事だ」
「やっちゃって」
 僵尸が一斉に襲いかかる。
「半殺し程度でね」
 僵尸の死んだ肉体は、普通の筋力が生きている間にかけているリミッターをあっさり解除する。故に人間以上の筋力を持っている為、早さも力も数倍だ。まして『星灯照』の僵尸は、道服に施した魔術を始め、メンテナンスを施してあり、通常のゾンビなどとは違い、腐敗に縁はない。
 僵尸が動きを止めた。身体が動きを止めて、実体を維持できないように細かくなって崩れ始める。
「破ったのか」
 魔術は万能ではない。同質の強い魔術は無論、異質の力でも打ち破られる時がある。今回は、異質。僵尸を操る跳屍送尸術の系統は、どうしても陰の魔術。陽を身に纏うものなら打ち破れても難しくはない。
「邪悪な魔術師など何人も正してきた」
 冒険者は叫んだ。その光り輝く剣。そして身にまとった雰囲気は確かにヒーローだ。ただの冒険者ではない。勇者と呼ばれる冒険者の中でもスペシャルな存在だ。
「そうかい!! 残念だけどあたしは魔術師じゃないんで」
 ディアンは飛び込んだ。剣が振り落とされる。早さを下げ、剣を眼前で振り落とさせ躱す。身体の小ささを利用して、懐に飛び込む。
 勇者の正面に潜ると、死線が見えた。それは身体に沿って見える一直線の急所。頭頂、鼻、頤、喉、胸、鳩尾、性器。
 ディアンの拳が鳩尾に向かい突き出される。
「該死!」
 拳が弾かれていた。
 それだけではない。ディアンの拳は凍り付いていた。それはじわじわと全身に広がっていく。いや、氷ではなかった。それは結晶だ。徐々に拳の回りが硬質化していく。
「くう」
 ディアンは一気に下がった。それまでいたところを剣が振り抜けていく。
「よく躱した。しかし、その手を包むのは邪なるものを封じる神の力だ。既にお前の命運はつきた。降伏するがいい」
「誰がするか」
「そうか」
 勇者は剣を振った。躱した。そう思った瞬間、結晶化した手がひっかかった。
「く」
 無理矢理に腰をねじって、回るようにして下がる。直撃は避けたが脇腹に鈍い痛みがある。 
 ディアンは口の中の血を吐き出した。鉄気を帯びた味は、自分自身が一振りの刃であるのを思い出させる。
「なかなか持つな」
 こうした言葉を何度聞いただろう。
「あたしは、ここのシマを預かる『星灯照』のディアンだ」
 ディアンは足下の石を握りしめながら立ち上がった。
 勇者が切りかかる。ディアンの指が音を立てた。
 指によって弾かれた石が剣を弾き飛ばす。胸を、足を、腕をうつ。跳ね返って転がった石を見ながら、ディアンは飛び込む。
 勇者の額にディアンの手が迫っていた。
 飛び上がり、勇者の額に指を添える。
 それはただのデコピンに見えた。だから勇者はそれほどの警戒はしなかった。
「弾指神通」
 勇者の身体が崩れる。弾いた石に、手をしびれさせ、剣を弾くほどの威力を与える武功を積んだ指だ。それも当然だ。
 崩れ落ちる勇者を見ながらディアンは荒い息を吐いた。骨にヒビくらい入っているかもしれないが、この程度で倒せたのならよしととしなくてはならないだろう。
「おばちゃん、大丈夫」
「ディアンちゃんこそ大丈夫かい?」
「店の片付け手伝うよ」
 ディアンがそういって背を向けた時、勇者は立ち上がった。
 ディアンは息を吐いた。
「貴様、シックスの一味か」
 正義の味方を標榜する勇者なら、この境界は悪の街であり、最後の目標はシックスだろう。
「どうかな」
 ディアンは構え直した。さっきので結晶化の範囲は予想がついている。それを警戒して距離を置いた。
 だが、今までとは違った。勇者の回りで結晶が育ち始めている。
「おばさん下がって」
 結晶の輝きは澄んでいて、美しい。だが、それは全てを拒絶する光だ。
 手に拾った石で、弾指神通は放つ。結晶を砕いていくが、それよりも結晶化の方が早い。そして結晶は収束し、巨大な剣と化している。
「受けろ」
 剣は突き出された。躱せば背後の店が巻き込まれる。
 真っ向勝負。

 失敗した。
 思いがけぬ剣の一撃だった。ディアンは宙に舞う、自分を感じた。車にでもひかれような衝撃が身体を襲ったのが分かった。
 静かに風景が流れていく。世界がゆっくりと進む中で、ディアンは足下を過ぎていく勇者を見ていた。
 剣は『世界』を破壊しつくしていた。勿論、中華料理店の方だ。
 勇者は会心の表情を浮かべている。結晶化した剣ではなく、その余力のみで弾き飛ばされたのだろう。だからこそこうして考えていられるのだ。
 一撃をまともに受ければ、自分はこうして思考している間もなく、死んでいるだろう。
 しかし、自分が見ているものは何なのだろう。もう落ちているはずなのにこうして宙にいる自分は。
「あなたはだいじょうぶです」
 優しい声だった。声と共に身体にゆっくりと力が戻ってくる。
「帰りなさい」
 ディアンは地面に降り立った。一体どうしたのか分からないが、しっかり二本の足で立っている。そして目の前には勇者だ。
 今まで使った技では勇者には勝てない。とすれば、ぶっつけ本番だか使うしかない。
 自分の持つシンボル(魔術要素)を解放する。生命力を吸って、魔術が発動する。
「封印しきれなかったのか」
 ディアンは無言のまま踏み込む。鋭い踏み込みは地面を砕いた。剣が突き出される。
「填星輪」
 地面の欠片が浮き上がったまま、輪になって剣を防いでいた。
「螢惑把」
 ディアンの両掌が一気に突き出され、勇者の身体をはじき飛ばした。だが、結晶は防御も兼ねるのか勇者の回りを包もうとする。
「無駄だよ。これはただの火じゃない」
 シンボル『五行』によって練られた三昧火は、何者も燃やし尽くす。しかし、その火は止まっていた。
「足りなかったか」
 勇者は動かない。近づいてみれば勇者は動きを止めていた。
「私の勝ちだ」
 ディアンは手を振り上げて叫んだ。

「あんた何したんだい」
 家に戻ると怒鳴られた。ディアンは少し考えて思い当たった。
「ああ、僵尸はごめんなさい。ちゃんとみんなは治すからだいじょうぶ」
 そのせいで帰ってきてからひたすら工房にこもって、作業しつづけた。
「それじゃない。いや、それもか。あんた、一体どんなのとやり合ったんだい。僵尸達は二十はいただろう」
「なんか相手が強くて。属性が聖とか光とか、あまり跳屍送尸術と相性がよくないんだよね」
「僧侶や導師かい?」
「多分、勇者だと思う。他の世界から流れ着いてきた奴で手強かったよ。ああ、しっかり『今度うちのシマでおかしなまねしたら命は無い』っていっておいたから」
 おばは盛大にため息をついた。
「そのせいかい」
「何かあったの?」
「シックスから、パーティーの招待状が届いているよ」
 おばの手に白地に赤で文字の描かれた封筒が揺れている。
「本当に」
 ディアンは飛び上がりたくなるのを必死にこらえた。あれだけ何も分からなかったシックスに会えるかもしれないチャンスだ。
「嬉しいんだね」
「すごいねわくわくするね」
「そうなのかい。あたしはそうは思わないけど」
「どうして?」
 おばは小さく笑った。哀しそうな笑みだった。
「過分な幸せはよくないものだよ」
 恐らくおばは亡くなった夫と娘の事を考えているのだ。
 ディアンはおばを抱きしめた。
「そんなことないよ。だって、おばさんの所に来られてこんなに幸せだけど、悪いこと一つもないもん
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posted by 相会一 at 11:22| Comment(0) | After Babel 迷宮の遊歩者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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