2000年05月08日

証明 prove 日元桜1













 「功力が足りない」
 夜の公園に日元桜の声が響いた。
 金網に囲まれた公園は逃げ場がない。地元の学生が金網デスマッチといって、喧嘩の場にしている。
 桜の側には一人の男が制圧されていた。右腕を固められ、地面に押さえつけられている。
 年の頃は二十代を前半。夜だというのにサングラスに濃いグレーのスーツ。
 一見すれば少しばかり斜に構えたサラリーマンといえなくもなかったが、少なくとも素人ではなかったはずだ。
 正拳や、蹴りの感じから、恐らくは空手を習得していたはずだ。
 しかし、桜との相性は悪かった。
 桜の学んだ竜門禽拿術は柔の格闘技。加えて剛の技を使うものの方が多いことから、制するのは慣れている。
「どうして私を狙ったの?」
 答えはない。桜は腕を下げた。腕に桜の体重がかかり、苦しいはずだが男の顔色は変わらない。
「さすが六位ですね」
 桜は足元の男の言葉に一気に離れた。
「参加者?」
 その言葉に男は頷く。
「主催者の側ではありますが、参加しているともいえますね
「この馬鹿げた祭りの執行者に会えるなんて嬉しい限りだわ。勝手に人に番号をつけて、戦わせるなんてどういうつもり」
「あなたはかなり高名です。格闘家であり、桜市の名士日元家の娘。そして、正義の味方だ」
「そんなつもりはないわ」
「あなたが混乱を嫌い、夜な夜な、戦っているのは把握しています」
「今日はそれを止めに来たわけ?」
 大会を主催する側からすれば、桜の行為は邪魔以外の何者でもないだろう。戦闘に介入し、それを止めるのだから。
「いいえ。あなたはとてもいい働きをしてくれています」
 男は大きく首を横に振った。
「どういう意味?」
「より上の側の決め事でして。しかし、あなたは勝ち続ければ、彼女に会えますよ」
「どうして」
 言ってから小さく舌打ちした。弱みを見せたに等しい。
 この男は自分と彼女についての事をしっている。それならば、馬鹿げたこの戦いにも価値は見出せる。
 桜は真実かどうか見極めようと男をにらんだが、サングラスの向こうの表情は見えない。
「ところで正義の味方であるあなたにお願いがあるのですが」
 桜は答えずにただ男に背を向けた。
「人を救っていただきたい。それもあなたの知り合いですよ。剣柄の学生で名は天見四郎」
 桜は足をとめずに、思わず振り返った。そのまま男に近づく。
「どういうこと?」
「天見四郎は囚われています」
 男は真剣な声でいった。
「相手はヴァーシャクティ教団といいまして、いわゆるカルトです。白衣を身に着けて、山野の景観を脅かすのを見たことはありませんか?」
 数年前から時折マスコミに出る宗教団体だ。ヴァーシャクティ教団。インド伝来のものと称している仏教ともヒンドゥ教ともつかない教えと、仮想現実を組合した、新興宗教だ。
「その組織に彼は閉じこめられています」
「理由は?」
「彼には問題はないんですが、共闘している相手が問題でして。小田寿善といって、悪魔と契約していると言っている少年です。彼は教団の施設からあるものを盗み出しましてね」
「そういうこと」
 巻き添えとか、何も考えていない天見四郎なら十分にありそうな気がした。
「では後はよろしく」
 男はそういって一礼して歩き出した。
「どうしてそんな言い切れるの?」
「正義の味方じゃないですかあなたは」
 
 正義の味方。
 そういわれても、困るだけのことだ。
 正義の言葉の逆の言葉は何か?
 それは悪や非道ではない。正義だ。立場は心情が変われば、正義と悪は簡単に入れ替わる。そのことはわかっている。
 目の前には、男から渡された地図がある。場所は房総半島の奥。道もまともに通っていないように見える。
 地図を前に、眠れないまま一夜が過ぎた。
「よし」
 桜の心は決まっていた。
 山海仁吾に話す事にした。一人で考えるには大きな問題だった。
 山海が指定した待ち合わせ先は、天見四郎を初めて言葉を交わしたメクドだった。
 窓際の席に座り、ぼんやり外を眺めていた。そして出て行く四郎を見た。
 小柄な男子がいじめられている。そう思っていた。
 助けようと向かった先で見たのは圧倒的な力の差。とんだ羊の皮を被った狼だった。
 学校で見覚えがある。そう思って探すと直見つかった。特定の部活に属さず身体能力で、堅実なメンバーとして活躍している。それなのにも関わらず、目立ってはいない。
 その天見四郎が山海と歩いてくる。
「え」
 外に飛び出した。
 山海が桜に気づいて手を挙げる。その後ろからは天見四郎がついてきている。
「天見くん」
 そういって近づくと髪が長い。とてもよく似た少女だった。
「清原百合涅さんだ」 山海は頷き、小さな声で桜にいった。「似ているか」
「そっくりです」
 清原百合涅は困ったような顔をして桜を見ている。
「私は日元桜といいます。天見くんとは同じ学校です」
「清原百合涅です。姉です」
 後になるに従って声が小さくなった。
「それで天見四郎が捕まっている場所が分かったそうだが」
「そうです。ただ、自力ではいけないところなんです。熨斗畝ダムをしっていますか?」
 桜は地図を開いて見せた。
「遠いな。今から向かうと早くて夕方だな」
「信じてくれるんですか」
 山海は頷いた。
「目を見ればわかる」
 山海はそういってから桜と百合涅を見た。
「そこまでついてくる気じゃないよな」
 桜は頷いた。
「実はその地図は全部じゃありません。行くまで私はその地図を渡す気はありません」
 山海は仏頂面で舌打ちした。
「分かった。来て貰おうか。とりあえず格好からだな」
 
 山海が用意した車はサンドベージュ色のジープだった。
 ジープというのは颯爽と険路を駆け抜けていくイメージがある。いかなる悪路も一気に走破するその性能は確かで自衛隊でも利用されている。しかし、乗り心地がこんなに悪いとは日元桜は知らなかった。まして山海の運転は荒いことは無いものの、かなりの速度を維持したまま進む。
 同じように後部座席に乗る百合涅は平然とした顔でいるが、桜の方は少しでも早くつかないかと祈っていた。
「山道に入るから一応シートベルトしておいてくれ」
 山海がいいながら県道から脇に入る細い道を指差した。
 もう乗って三十秒後にはつけていたといいかけて桜は口をしめた。話していたら舌を噛む。
 それから三十分。狭い曲がりくねった道が続き、深い山の中だった。
 房総半島には険しいと呼ばれるような高い山は存在しない。しかし、起伏がないわけではなく、丘や谷と呼ばれる高低差はあり、それらが連続した場合、標高は低いながら、閉鎖された山深い一角を形作る。
 桜の前に広がる景色もそういうものであった。
 人の痕跡を感じないかといえばそうでもない。人目がないせいか、途中、産業廃棄物らしい、古いタイヤや、冷蔵庫といった廃棄されたらしいゴミを何度か見かけた。
 山海が行く前に、キャンプにでもいくような服装を用意して二人に着せたのが判る気がした。
 自分の制服や、百合涅の私服で、こんな森の中は歩けないことだろう。
 山海の携帯が音を立てた。山海はなれた様子で片手で携帯を取り出し、中を確認する。
「携帯が圏外になった」
 山海が呟いた。
 桜、百合涅、二人は携帯を出して確認した。二人とも確かに圏外になっている。
 山海はラジオをつけたがスピーカーから聞こえてくるのは雑音ばかりだ。
「ラジオの入りも悪いみたいだな」
「この辺りはそうなんですか?」
「俺もこっちにきたのは最近でね。くるのは初めてなんだ。そろそろカーナビで指定されたダムなんだが、案内して貰っていいか」
 木々が途切れ、空が顔を見せた。
 山海は車を止めた。
「あれがダムらしい」
 丘になった道から足元にダムが姿を見せた。
 ダムというイメージとは裏腹にそこはもとからそうである池のように見えた。
「これがダム?」
「戦前に作られたからな。どこかの企業がこの辺りで工場作るために水源として作ったそうだ」
「詳しいですね」
 山海がしていたことといえば、出発してから運転と、途中で休んだドライブインでメールしていたことくらいだ。その合間にこれだけ調べたということか。
「日本の警察は優秀って本当ですね」
 百合涅は毒気のない顔で言った。
「まあな」
 山海は答えた。
 桜はダムの周りを見ながら地図を取り出した。その地図が横合いからすばやく奪いとられた。
「悪い」
「どうして?」
「俺が助け出してくる。日元さんには別に頼みたいことがある」
「なに?」
「清原さんを護衛していてくれって」
「わたしはいけないんですか」
 百合涅が声をあげた。
「ここまできているだけで結構危ないんだ。その上相手は」
 そういって山海は黙った。
 何か桜が知らないことを山海はしっているはずだった。
「教えてください。相手は誰なんですか? ヤクザくらいなら慣れています」
「言い争ってい暇は無いみたいだ」
 山海は一人で道を下り始めた。
 緑の中に白い布が踊っていた。
 ヴァーシャクティ教団という名を桜は思い出した。
 白い服で身を固めた男が道に姿を見せた。
「失礼ですが、どちら様でしょう。この辺りは私有地でして、通行はできないのですが」
「ああ、失礼ちょっと釣りにね。そこの湖はでかい魚がつれるんだって」
 山海がいうと男は首を横に振った。
「それはデマですね。あの湖には」
 そのさまを見ながら桜は身をかがめた。足音を忍ばせて車から離れる。
 地図の内容はすっかり記憶していた。あれがなくてもたどり着ける自信はあった。
 森の中にまぎれて風が吹くたびに揺れる枝の音にあわせて移動する。
 ある程度車から離れたところで駆け出した。
「よし」
「足速いですね」
 背後で声がした。
 振り返れば百合涅だった。
「どうして」
「だって山海さんが日元さんに守って貰うようにって」
 いまさら戻れはしない。戻るにしても天見四郎を助け出してからだ。
「指示には従ってもらいます」
 百合涅は頷いた。
 桜は百合涅をつれて歩き始めた。
 目的地と思われる家についた。こんな場所にあるのにも関わらずおしゃれな横浜にでもありそうな洋館だった。
 桜は屋敷の前に立った。見張りの姿はない。こんな建物に本当に閉じ込められいるのか。そう思いながら桜は屋敷を見た。
posted by 相会一 at 11:31| Comment(0) | BeforeBabel PANDORA | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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