2000年05月08日

証明 prove 清原百合涅1













 桜駅についた、清原百合涅は、自分のポスターに気づき、慌ててサングラスをかけた。サングラスをかけたのは、顔を隠すためだ。隠しているのは顔だけではなかった。百合涅の日の光の中で、青みがかかったように見える髪。それも自分を目立たせる原因だ。それを隠す為に、ダイア柄のベレー帽を被った。
 清原百合涅はそれなりに有名人だ。笛子をはじめとした中国の楽器の奏者だ。百合涅は、朝のワイドショーで『天才少女』的に何度か取り上げられたり、海外での評価が高いことからそれなりに露出している。そして、貼られているポスターは来月、この街で開くことになっていたコンサートのものだ。
 百合涅は街を歩き始めた。
 桜市は、再開発の進む郊外のベットタウンだ。駅前には街の象徴である真新しい大型の商業ビルが、その向こうにはいくつか開発中の高層マンションが見える。
 駅前からまっすぐ道が伸びている。百合涅は暫く道なりに進むことにした。
 見えてくるのは、チェーン店と思われる飲食店。代わり映えはしない。
「このまま歩いていてもだめかな」
 百合涅は、一本脇に入った。一本道をかえると、急に雰囲気が変わった。
 時代劇に出てきてもおかしくないような商家や、改築に増築を重ねたような家が見え始める。
 どこかで魚を焼く匂いがした。
 百合涅は足を速めた。進んでいくと、その匂いを初めに、食べ物の匂いや、潮の臭いが混じり始めた。
 懐かしい。
 そう百合涅が思いながら歩くと、また風景は変わった。
 町が断ち切られたような雰囲気はかわり新しい建物が現れた。
 大規模な分譲地なのか、同じような雰囲気に統一された街並みだ。
 百合涅は周りを見た。
 いい天気なのにも関わらず布団一つ干されていない。まだこの街は売り出されていないのだ。
 きれいだが生まれていない街。そんな風に思えた。
 確か昔はこの辺りにはおいしい練り物屋さんや、佃煮屋さんがあった。
「天見四郎だな」
 恫喝を含んだ低い声だ。そのすぐに名前に振り返った。制服を着た学生らしい数人連れが立っていた。
「そんなナリでごまかされるか」
「小田はどこだ?」
 言葉だけではなかった。伝わってくるのは明らかな害意。百合涅は逃げ出した。
 人通りの多い駅前を目指して走る。先程まで狭いと思っていた町は広く、囚われたようだ。
 角を曲がれば、確か駅が。そう信じて足を必死に動かした。息が苦しい。でも、もう助かる。
 曲がった角。その向こう側には先程見たのと同じ制服姿が見えた。一斉にその制服が近づいてくる。
「捕まえたぜ」
 百合涅は力なく座り込んだ。だが、そうしてられたのは数える程だった。
 百合涅の体は両脇から掴まれ、力づくで立たされた。
「なにするの?」
「少し口が軽くなるところだ」
 
 引っ立てられるように来たのは三方をフェンスに囲まれた公園だった。
 そのせいで百合涅は少しだけ安堵を覚えた。もっと危険なところに連れて行かれると思ったからだ。
 しかし、公園の中を見て、それが誤りなのがわかった
 公園の中にいるのは、同じ制服姿の学生たちだった。
「こんなサングラスで変装したつもりか。髪も隠しやがって」
 学生の一人が百合涅の顔からサングラスを毟り取った。
「やめてください」
 声をあげると胸倉を捕まれた。
「てめえ何いってやがる。小田はどこだ」
「小田? 誰ですか」
「まあいい。嫌でも吐けるようにしてやる」
 開いていたフェンスの一方が閉められた。フェンスの中にいるのは百合涅と学生が一人になった。
 その一人が問題だった。背はそれほど高くはないが、横にがっしりとした体は筋肉が盛り上がって見える。腕の太さからして百合涅の腰程はあるだろうか。その顔には痣が見えた。
「小田とお前のせいで、俺たちは追われてるんだ。だからてめえには素直に吐いてもらうだけじゃたりねえ。心配するな命だけは助けてやる」
 男の腕が百合涅の腕を捻り上げる。
「噂程じゃねえな、何だこの細い腕は」
 さらに力がかかった。百合涅は悲鳴を上げた。男は笑った。
「女みたいな声あげやがって」
 腕を折られたら演奏ができなくなる。
 間近に迫ったリサイタルの事が頭をよぎった。
 回復するまでに、今までに得たものも失ってしまうかもしれない。
「止めて」
 自分でもびっくりするような大きな声だった。
「ならまずは小田の居所を吐け」
「しらないですそんな人」
「折れろ」
 不意に痛みは無くなった。
 腕が離れていた。
 だが、それ以上の驚きが百合涅を襲っていた。
 目の前には先程まで暴君のようであった男が、豚のような声をあげていた。 
「心配するな」
 その声は高く澄んでいた。
 立っているのは小柄な少女だ。年は恐らく百合涅と同じほどだが、小柄だ。
 髪は肩ほどまで。黒地に真っ赤な椿の描かれた花柄の着物。透きとおった肌は、この世のものではないようだ。
「誰だ」
 フェンスが開きほかの学生たちが入ってくる。数人は倒れている生徒に近づいて声をかける。しかし、男は悲鳴だ。
「腕折れてるぞ」
「何しやがる」
「命だけは助けてやる」
 少女は手を振った。触れたのか触れてないのかそれも分からぬほどの軽い手の触れ。それだけで受けた学生は地面に叩きつけられていた。
「お前も参加者か」
「まあ、そうもいえないことはないわね。このばかげでいて楽しい催しだけれど、少し飽きていた。ちょうどいい」
 少女に向かい学生たちは殴りかかる。だが、結果は同じことだ。
 塵を払うほどの容易さで、誰もが地面に横たわった。
 少女が近づくと悲鳴があがった。当然の事。それは少女の形をしているが嵐のようなもの。人では対抗しえない。
 残っているものに少女は向かっていく。恐れによるものか誰もが金縛りになったように動けない。
「逃げて」
 その声で、我に返ったのか、学生たちは逃げ出した。あれだけいた学生が、倒れている数人を残して消えていた。
「自分を害するものに声をかけて解いてやるなんて莫迦なこと」
 少女は百合涅を無遠慮に眺めている。
「それに、この程度のものの片付けもできないなんてがっかり」
 百合涅の脳裏に浮かぶものがあった。それは小さな神社の境内。
 近くに水場もないのに、水の女神を祭ったあの神社。
「あの時の爺は価値があったから、それに比す価値があると思っていたけれど、錯覚だったかな」
 百合涅の脳裏に浮かぶのはもう一人の自分のこと。
 エンジンの音が聞こえた。飛び込んできたのは一台のワゴンだった。ワゴンは狭い道なのに速度を落さずに向かってくる。
 その運転席に乗るのは制服姿だ。その顔は先程逃げたものの一人だ。何か叫んでいるが車の撒き散らす音に巻き込まれ聞こえない。
 目の前で少女はひかれた。
 その体が飛ばされ地面に転がっているのは大きな赤い花のようだ。
「びっくりした」
 そう見えたのは一瞬。ワゴンは停まっていた。いや、フェンスを突き破るようにして横転している。
 少女は何事もなかったかのようにそこに立っている。
「だいじょうぶ?」
 少女は百合涅の言葉に小さく笑った。
「何が?」
「だって」
 あなたは車にはねられて。そういいかけてから百合涅は黙った。それが自分の妄想かもしれないということを百合涅は考えていた。
 今の自分は混乱している。
「明日の事が認識はできているのね。これなら少しは楽しめそう」
 少女は百合涅に背を向けた。
 パトカーのサイレンの音が聞こえた。

 パトカーの中で事情聴取が始まった。
 婦警に向かい、誰かと勘違いされて巻き込まれた事を告げた。
「あなたみたいな女の子がこんな騒ぎを起こしたなんて思ってないから大丈夫」
 そう婦警は誠実な顔でいったが、百合涅は素直にうなずけなかった。
 殆どの被害はあの着物の少女のもたらしたものだ。
 身元の照合が済んだのか、婦警は百合涅から離れた。
 一人になって考えると少女の事が思い出された。
 自分はあの少女とどこかであった事がある。それはどこだったろうか。
 扉が開いた。
 婦警が戻ってきたのかと思ったが、「山海という。天見四郎だな」
 刑事らしい男だった。背は高くがっしりしているが、乗っている顔は日焼けこそしているが整っている。
「天見四郎?」
 ここに来て何度も聞いた名前。
 山海の顔に怪訝な色が浮かんだ。その山海の襟首が婦警に捕まれていた。
「ちょっと山海クン、女の子相手なんだから」
 そのまま山海は引っ張り出されていった
 そして少ししてまた扉が開いた。山海は手に写真を持っている。
「この写真はお前だな
 自分に似ていた。弟が同じように成長していたのが少し嬉しかった。
「違います」
「髪の色も同じだし、そっくりだぞ」
 小気味いい音が響いた。婦警が手をグーにして立っている。
「何してるのびびってるじゃない」
「こいつは天見四郎。ある事件の容疑者だ」
「今度この街でリサイタルを開く人よ。今日、朝所長から話しあったでしょ」
「今日は朝から出てない」
 刑事と婦警が言い合うのを見ながら、百合涅はいった。
「あの私は清原百合涅といいます」
 帽子をはずすと長い髪が広がった。それを見ると山海は黙った。
「その天見四郎さんに会いたいんです。もしかしたらその人は私の弟なんです」
「弟?」
「昔、私養女に出されて。その、何も知らせない約束をされていたようで養父母は何も教えてくれません。ただ、前この町を通りかかったら思い出して。それで訪ねてきたんです」
「それなら天見四郎の家にいってみるか」

天見家は現場から数分だという。山海が説明してくれたが、言われなくてもきっと分かったことだろう。
近づくに従って百合涅は懐かしい気持ちになっていた。商店街の一角ながら駅回りのように開発されなかった一帯は、時折モザイクのように新しいものがあるものの、見覚えのあるものが大半だ。
 見えてきたのは一段高いところに見える神社の鳥居だった。
 その神社に従って町ができてきたのが想像がついた。
 神社の脇にある小さな店。
 古書・骨董九十九屋と書かれているが、一番古いのは店そのものではないかと思われる店だ。
「あそこが天見四郎の実家だ。見覚えはあるか」
「あります」
 確かに百合涅はこの店を知っていた。
 祖母がよく家の前で竹箒を振っていた。そして今も店の前では一人の女性が掃除をしていた。
 車を止め、降りると、女性はすぐに気づいたようで、百合涅と山海に目を向けた。
「五花」
 そうつぶやいた後、女性は笑顔を浮かべ、「何か御用ですか?」
「天見四郎さんはいらっしゃいますか?」
 女性は言いかけてから黙った。何か考えているのが表情から見えた。
「今は留守で。何か御用ですか?」
「その」
 実際に何か言おうとしたら言葉に詰まった。
「桜署の山海といいます」
 山海が一歩前に出た。
「彼が行方不明になっているというのは本当ですか?」
 答えない女性の顔を見ていると、百合涅は懐かしい気持ちになっていた。どこで出会ったのか、はっきり百合涅は彼女を知っていると言い切ることができた。
「あの、私を知りませんか。私ここをしってるんです。この町、初めてきたけど、気のせいに思えなくて、ここにきたら本当に懐かしくて」
 一気にいう百合涅を見て、女性の目が潤んでいるのが分かった。間違いない。この女性は自分を知っている。
「ごめんなさい」
 それが一体どういう意味なのか。分からないが、百合涅もなきたい気持になった。迷子になった時のような気持だ。
 山海の胸元で携帯が鳴った。
「失礼。はい、天見四郎くんが。分かりました」
 山海は携帯をしまい、百合涅と女性を見た。
「天見四郎が見つかったようです」
posted by 相会一 at 10:41| Comment(0) | BeforeBabel PANDORA | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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