2000年05月08日

証明 prove 山海仁吾1












 月のない夜だった。夏も近いとはいえ、梅雨にかかるこの時期海からの風が冷たい。上着を着ていても体からは容赦なく熱は奪われ冷えていく。だが、手の中の銃のグリップは暖まっていた。
 ニューナンブ。警察ではもっとも使われる拳銃であり、山海仁吾にとって一番なじんだ銃器だ。だが、なじんでいる事と信頼している事は別物だった。
 倉庫の中にいるものが、いかなる武器を持っているか分からない現状ではその思いは更に深まった。
 逆らうものがいなければいいが。
 それは山海の本音だった。
 刑事として桜市に来て数年。この街は荒っぽい事件が多すぎる。
 今までいた街なら、スーツの上からでも分かる筋肉と、荒事慣れした雰囲気。強面で怯んだものもこの街では記号程度の価値しかない。
 山海は腕時計を見た。自衛隊時代に年上の女に貰ったGショックは、その女が去った後も律儀に時を示している。
 時刻は深夜一時五十九分。
 二時になった瞬間、倉庫のドアを一気にあけて山海は踏み込んだ。
「警察だ」
 直ぐに反撃してくると思ったが、静まりかえっていた。見えはしないが闇の向こうで人いきれを感じる。
 明かりがついた。
 中にいるのは数人の若者だった。輪になった中心には数枚のカードが転がっている。
「なんですか」
「警察のものだ。二、三聞きたい事がある」
 若者たちは顔を見合わした。中の一人が、山海の前に立った。
 年は二十歳はいっていないだろう。幼さの残る顔立ちだった。その幼さを隠すかのように男の服は黒い革と鉄で飾られていた。
「なんでしょうか」
「こんな時間に何をしているのか」
「カードゲームです」
 若者の一人がカードを拾い差し出してくる。
 そこには女子高生らしいキャラクターが描かれている。制服姿で拳法の構え。能力を示すらしい数種類の数値が描かれている。hinomoto sakura と記された名前を見つつカードを返す。
「あかりもつけないでか」
「今きたばかりなんです。あとこの倉庫はちゃんと持ち主から提供受けてますから」
 幾分の疑いをもって山海は若者を見た。
「一応連絡先控えさせてくれ」
 若者は素直に連作先を告げた。それに習うようにほかの若者たちも住所を話す。
「これからどうするんだ」
「ちょっと」
 興がそられたとでもいうのか若者たちは山海の入ってきた入り口から出て行く。
「今日は終わりにします」
 若者たちはカードをしまうと、山海が入ってきた扉から出て行った。
 何か証拠になるものはないか、山海は周りを見た。カードが数枚落ちている。それを拾い上げて、山海はもう一カ所の出口に近づいた。そこには相棒がいるはずだった。
「おいおい」
 山海はうめいた。
 相棒の羽村健作は眠っていた。
 
 山海の家は盛り場の中にあった。
 もともと駅から離れていたが、街が膨張するにつれて普通の家は消え、ビルが建ち並び、気づけば山海の家だけが民家になっていた。
 誰もいない家は静まりかえっていて、部屋の中なのに息は白い。
 山海は居間にはいると、コタツをつけた。風呂場に向かい湯船に湯を溜める。
 電話が鳴った。
「山海さんひどいですよ」
 羽村だった。
「いい夢だったか?」
「ぐ。いや急に眠くなって。それでどうなりました」
「カードゲームで遊んでいただけだと。女子高生が戦うカードゲームだ。しってるか」
「そんなのたくさんありますからね。カードゲームってもうかるんですよ」
「そうなのか」
「原材料が安いのは分かりますよね」
「ああ」
「もともと紙じゃないですか。もし売れ残っても処分が楽だし、それに資産価値が低いから、不良在庫になりずらいんですよ」
「そうか」
 何か違和感を感じたが錯覚だったようだった。
「まあキャラの名前でも覚えていたら検索してみたらどうです。それで詳細わかりますよ」
「わかった」
 明日の予定を伝え電話を切った。湯船にお湯が満ちるまではまだ時間があった。パソコンを立ち上げて、HINOMOTO SAKURAと打ち込んだ。
 出てきたのは剣柄学園のHpだった。市内一の大きさを誇る学校であり、中学校から大学院を擁している。表示されたのは生徒会だった。現れたのは高校生らしい少女だ。先程のどこかコミカルな絵と違い実際の写真だった。副会長、日元桜と記されている。
 しばらく調べていても、他にはHINOMOTO SAKURAの姿は見えないようだった。
「この子がモデルなのかな」
 日元 桜 で調べると出てきたのは、個人のHPのようだった。写真が出ていた第24回上海交流戦とかかれた垂れ幕の下、どこかの体育館らしい様子が写っていた。その垂れ幕の下で、小学生らしい子供がうれしそうな顔で笑っており、その横で日元桜も同じように笑顔を浮かべている。
『大会で日元先生と桜師娘と』
 と記されていた。
 この名前をたどれば、日元桜にも会えそうだった。

 山海は駅に向かい歩いていた。
 昨夜調べていた上海交流戦。主催先は、日中武道交流会というNPOだった。連絡先は駅に近いビルだった。
 ビルは十階立てで、一階はコンビニになっていた。
 エレベーターホールに立ち、山海はビルに入っている会社名に素早く目をやった。二、三階は拳法の道場。四階〜六階は会社の事務所になっていた。七階に目的のNPO日中武道交流会の名前があった。
 山海はエレベータに乗ると、七階で降りた。
 日中武道交流会のドアをノックするが答えはない。仕方なく、山海は階段を降り始めた。三階に来たところで鋭い鈍い音がした。
 階段から下りて、三階を見ると、一人の少女がサンドバックを相手に拳を振るっていた。
 ただ、闇雲に動いているのではなく、仮想の相手がいるのか、時折離れ、軽いフットワークを見せている。
 山海の事に気づいた少女は、サンドバックを叩くのを止めた。そして振動しているサンドバックを手で押さえて動きを止めた。
「見学の方ですか?」
「いえ、HINOMOTO SAKURAさんですか?」
「何か、発音がおかしいんですけど、日元桜は私です」
「失礼。桜署の山海といいます。二、三お尋ねしたい事がありまして」
「天見くんの事ですか?」
 山海はさっと記憶の中を探ったが、心当たりはない。
「すいません違う用件です」
 桜は頷くのを待って、山海はカードを差し出した。
「実はですね、これをご存じですか?」
 山海はカードを差し出した。桜はカードを見て、ざっと裏を見る。
「これは。私がモデルですね」
「どうも何らかのゲームに使われているみたいなんですが、心当たりはありますか?」
 桜は首を横に振った。
「お力になれなくてもうしわけありません」
「ところで何か事件に巻き込まれているのなら、相談に乗りますよ」
「事件というほどの事はないのですが、同級生が行方不明になっていて。それが気になっています。前も暴力沙汰にまきこまれたのを見ていまして」
「その同級生の名前を教えていただけますか」
「天見四郎です。今写真を」
 桜は携帯を取り出すと写真を見せた。数人の生徒と食事をしている最中の写真だった。
「わかりました。捜査するかは確約はできませんが、注意するようにはします」
「私もこれを見つければ、連絡するようにします」
「よろしく頼みます」
 山海は一礼すると、外に出た。桜はついてくる。
「お送りします。何階ですか」
 エレベータは先ほど山海が乗った1階ではなく2階でとまった。
「さっきは1階から乗ったんですが
「2階にエントランスがあるんです。1階は一応コンビニと通用口なので」
 エントランスは広々としていて、このビルの印象を変えるのに十分だった。
「ここは一つの会社なんですね」
 桜は苦笑した。
「会社だけではないですが、父が道場やNPOなどいろいろ手を出していて、一箇所に集めてしまっているんです」
「なるほど」
 正面の自動ドアが開き、一人の男が姿を見せた。
 年の頃は五十あまり。顔立ちは整っているが目元に大きな傷が見える。動きはゆったりとしているが隙はない。
「父さん」
 桜が声をかけると男は笑顔を浮かべた。
「桜、早いね。そちらの方は」
「刑事の山海さん。勘違いしないで私には関わりのないことだったから」
「そういうとまるで疑ってくれといっているようだよ」
「本当に娘さんは関係ないことでした」
「しかし、刑事さんもお一人は大変ですな」
「いえ」
 そう答えたのが苦笑交じりになったのは、念頭に羽村があったせいだ。
「しかし、この街は物騒だ。単独行動は感心しませんな」
「それはどういう」
 山海が聞こうとしたところでスーツ姿の男がエントランスに姿を見せる。
「社長、清原さまがお待ちです」
「失礼」
 桜の父は一礼するとそのままエレベーターに乗っていった。
「嵐のようなんですよいつも」
 桜の言葉に山海は頷いた。

 早速というか予想よりもずっと早い。
 山海は夕闇に包まれる町を歩いていた。
 繁華街のネオンが点り始める中、山海が着いたのは寂れた路地裏だった。
 今までのやり方が通じなかった事は多かったが、今までの蓄積から通ずる事もあった。情報屋だ。
 繁華街にはそぐわない古びた古書店。そこが桜市で随一の情報屋だった。
「いらっしゃい」
 華やかな声だった。美人だが少しばかりカンが強そうな印象を受ける店主。髪は結い上げ、地味な紫の和服にエプロンをつけた様子は時代がかっている。
 レジの置かれた机の前に立ち、山海はいった。
「何か出物はあるかな」
「ええ、ありますよ」
 山海は無言で財布から万札を数枚取り出した。
「桜風会が総出で人を探しています」
 桜風会はこの地域を地盤とする組織だ。規模はそれほど大きくはないが、いわゆるインテリヤクザを多く傘下に持ち、この時代ならではのシノギの手段を持っている。そのせいか、あまり荒事をするのは聞かない。
「何かあったのか?」
 手が差し出された。山海は三枚置いた。
「スロットや電子系のシステムに干渉して荒稼ぎしたグループがあったそうよ。まだ、学生中心でリーダーは若いらしい」
 携帯が鳴った。着信を見ると羽村だ。
「どうした」
「ちょっとすごい数の乱闘騒ぎがあって、手が足りないんです。直ぐに来てください」
 羽村は駅近くの公園の名前を告げ、電話を切った。
「仕事にいかないと」
 山海はさらに万札を置いた。
「その話調べておいてくれ」

 公園は広さはそれほどではなく、ジャングルジムとベンチがいくつかある程度だ。盛り場が近い事から、夜間は出入りができないように四方に高いフェンスが張られている。それを逆手にとって、そこでストリートファイトを行うといううわさが前からあった。
 時刻は夕暮れだが、今回は早々に閉められ、そこで乱闘になったらしい。
 しかし、フェンスは壊され、本来の役目を失っていた。そしてジャングルジムまで車でも突っ込んだように壊れている。
 公園前の道には救急車が数台とまっていた。それに運ばれているのは、学生らしい制服を着た連中だった。
 その側にとまったパトカーの中に少年が一人座っていた。その横顔は桜に見せてもらった写真の通りだった。
「天見四郎」
「山海さん」
 山海に気づいた羽村が手をあげる。
「どういう状況だ
「乱闘というか。みんな半死半生ですよ」
「ホシはあいつか」
「それが震えていて話にならないんですよ。女性の捜査員か、少年課に来て貰えるように連絡しておきました」
 山海はパトカーのドアを開いた。
 座席に座る少年は巣に逃げ込んだリスのように小さくなっている。
「山海という。天見四郎だな」
 しかし声をかけると少年は顔を上げた。
 十代の初めは、まだ男女ともつかない顔をしているものもいるが、天見四郎は随分と女顔だった。
「天見四郎?」
 声も随分高く、洋画の吹き替えを思い出した。
 次の言葉を待っても言葉はない。凄んで見せようとすると、襟首を掴まれた。
「ちょっと山海クン、女の子相手なんだから」
 パトカーから引っ張り出された。そこには小柄な体を制服に身を固めた婦警。同僚の架寺幸が立っていた。
「女の子って、天見四郎だろ」
「清原百合涅さんです」
 

posted by 相会一 at 01:59| Comment(0) | BeforeBabel PANDORA | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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