2000年02月08日

証明 prove 天見四郎1












 メクドは夕方ということもあって、学校帰りの学生で溢れていた。和洋中と揃った料理と、アミューズメントパークが混じったメクドは、桜市内では学生の多く集まるスポットの一つだ。その熱気ゆえの騒がしさのせいで、年輩者はほとんど近づかない。
 剣柄学園中等部の天見四郎は、四人掛けの空席を見つけ座ると注文してきた皮付きのフライドポテトと湯気を立てるホットミルクをテーブルに置いた。
 メクドの店内は、同じような年ながら騒がし過ぎて嫌な時もあるが、ここのフライドポテトはかなりおいしい。まして今回はポイントで手に入れたから、ほとんど無料のようなものだった。
 ポテトを食べようとのばした手を捕まれた。
「ここ俺らの席なんだけど」
 因縁をつけてきたのは見慣れない制服だった。ブレザーの胸元を見ても知らない校章だ。中の一人は手首にバンダナを巻いているが、その色は紫。赤でも青でもない。
 四郎は小さくため息をついた。
「気づかなかった」
 ポテトとミルクを持って立ち上がろうとするが、右手を捕まれたままだ。
「離してくれないか」
「わびもなしか」
「もうしわけありませんでした」
 素直に頭を下げる。
「ちょっとあなた嫌がっているでしょ」
 鋭い叱責の声。
 剣柄、四郎と同じ学校の制服だ。ただ、普通の生徒なら白いスカーフのところを、英字で六と書かれた赤いスカーフを襟元からのぞかせている。背は女子にしては高く四郎よりも高い。
「俺たちはただ謝罪を要求しているだけだ。こいつだって頭下げてる。当然悪いと思ってるんだろ」
「はい」
 四郎がいうと図に乗ってその頭を押さえつけた。
「こいつがいいっていってんだから、いいよな」
 四郎は引っ張られた。
「ここでは勝手はさせない。あなたたちでしょ。最近、うちの生徒に因縁をつけて金を取っているのは」
 女子は身構えると同時に床を蹴った。
「ポテトだけでもどうにか」
 そう四郎が言った瞬間、ポテトとミルクが女子に向かって投げつけられた。女子は交わし、ポテトとミルクは盛大に宙を舞った。
「あ」
 四郎はポテトだった物体を呆然と見つめた。
「一週間の楽しみが」
 既に四郎は置き去りにされていた。
 剣柄の女子、見慣れない制服の男子。共に店から出ている。
 四郎はカウンターの向こうのマスターに頭を下げ、外に出た。
 おおよそこの辺りで荒事をするなら場所は分かっている。
 とりあえず我慢する理由もなくなり、怒る動機もある。なら、あとはそれをぶつけるだけだ。

 メクドの裏の駐車場で、他校の男子と剣柄の女子は見合っている。
 三対一という状況ながら女子はなんら緊張していないように見えた。
 女子が何か修得しているのが四郎にも分かった。門派までは分からないが、その構えから恐らくは大陸の拳法だろう。
 女子の持つ間合いに踏み込まないようにゆっくりと四郎は入り込んだ。そののろのろした様はおびえているように見える。
 へっぴり腰の様に笑った男子の一人の腹を拳で殴りつける。男子はそのまま倒れた。
「先着はこっちだろ」
 そこまでいって獲物だと思っていた四郎が敵であるのが分かったらしい。
 女子を放置し、男子二人が襲いかかってくる。
「てめえ」
 殴りかかってくる腕がはっきりと見える。四郎は拳を交わした。そのままカウンター気味に腹に拳を入れる。男子は崩れた。
 残る一人を見ると既に女子に取り押さえられていた。禁拿術とかいう大陸由来の捕縛術なのを四郎は思い出した。
「あなたも甕奉祭の参加者」
「まあ、一応」
 四郎は懐から赤いスカーフを取り出した。ただ、女子とは違い数字はない。それでもイベントの参加者の証だった。

 甕奉祭。
 地元の大神宮に祭られた瀬織津姫神に捧げられた祭りの名だ。しかし、それは表だっての事。もう一つの祭りであった。
 甕奉祭が裏の意味を持ったのは、江戸時代だという。幕府の所領であり、様々な旗本や御家人が分割して納める地だった桜市は、治安が悪く、博徒の争いが絶えなかった。市井に被害が及ぶのを考慮した大神宮の宮司が、代表者を持って戦い、その結果に従うのを定めた。
 明治から昭和にかけては、陸軍の駐屯地を持ち、また港の整備が行われ海軍も駐留する桜市は軍都と呼ばれた。軍とは国の剣であり、盾である。当時、海外への機運は高まっており、軍需工場が造られ、未曾有の好景気に沸いていた。多くの利権があったが、軍都ということから治安に関しては厳しかった。
 戦後は戦災は少なく、重しとなっていた軍人は消えた。その為、首都に近いながら被害の少なかった事から、物資が集積され、闇市が隆盛を極めた。再び江戸時代の状況がよみがえったのだ。地域や組織同士で激化していった抗争を沈静化させるために、甕奉祭が百年程の狭間を得て、よみがえった。
 昭和七十年代になってからも、それは続いていた。違うのは参加するのが未成年になったこと。腕に覚えのあるものが登録すること。あるいは勝手に選ばれる。そして、赤青の二部に振り分けられ、上位の人間には特典が用意されている。
 参加者は、試合に参加し、勝つことで十万〜百万単位のポイントを得る。ギャラリーとしてレポートを書くことでもポイントが提供される。そして市内限定ながら、市内限定のカードサービスである『カドカ』を使うことで、ポイント1点がそのまま1円として現金として使用する事ができた。
 四郎が数十戦あまりをレポートし、今日の食事にと変えたのだ。
「あなた参加者ってこいつらにいったの?」
「言ってない。それに、こいつらは違うみたいだ」
「参加する事に意義があるわけじゃないのにね」
 女子は苦々しい顔でいった。
「どうして出てるの」
「挑まれた以上はね。六番目というのも不服だしね」
「六番で。そりゃすごい?」
 赤・青、この目の前の女子より強いと思われるのはたかが十人ということだ。
「上はシード扱いで名前すらあかされていない。そういう依怙贔屓嫌いなの。そうしている連中の鼻をあかしてやりたいわけ」
「ああ正義感強いんだ」
「なんかバカにしてない?」
「いや」
 四郎は倒した男子の懐を探った。
「それじゃ強盗じゃない」
「慰謝料さ。ポテトとミルクのね」
「悪いけど見過ごさないわよ」
 女子は男子から手を離した。
 女子は四郎を悪と認識したらしい。
 四郎は立ち上がった。
「同じ色での争いは辞めていただけませんか」
 立っているのは一人の少女。亜麻色の髪。目つきは鋭く、さながら刃を突きつけられたようだ。剣柄の制服に身を固め、背負うのは竹刀袋だ。スカーフは赤・青・白のトリコロール。
 女子の目が少女に向けられているのを見ながら、四郎は全力で走り出した。
 後ろの方から女子の怒鳴り声が聞こえた。
 正直なところ、あの少女が怖かったのだ。
 たどりついたところで、またため息が出た。
「どうしてここかな」
 子供の頃に手も足も出ずに、腕を折られた公園だ。
 それでも疲れていたので公園のベンチに座って奪ったものを見た。茶の合皮でそれなりに厚みがある。
「空か」
 財布だと思って取ったのはどうも生徒手帳のようだった。中を見れば先程の男子の顔写真が覗いている。さらに調べると、薄いマッチ箱のようなものが姿を見せた。
「なんだこれ」
 見慣れないものだが何だろうか。振って見たが音はしない。こういう時の対応はさっさと捨てることだ。
「返せよ、お前」
 先程の男子を始め、数人の同じ制服姿が並んでいる。数は十。
 十人のうち何か格闘技をかじっているものはいないようだ。
 四郎にせよ特定の格闘技をしているわけではない。いわゆる家伝の一手といわれる、家にだいだい伝わっているものだ。
「その前に食い物代をもらおうか」
「こっちが慰謝料を貰いたいくらいだ」
 四郎はとりあえず手に持った生徒手帳を大きく茂みに放り投げた。
 放物線を描くそれに注目が集まった瞬間、四郎は動いた。
 相手に飛び込みつつ腹に向かい容赦なく掌を入れる。腹は強い打撃を受ければ呼吸困難に陥る。
 崩れ落ちる男子を足蹴にそのまま囲みを抜けた。
 
 腹が鳴った。空腹のまま動き回ったので燃料が切れかかっている。
 先程の不意打ちを意識して遠回りして家にたどり着いた。
「お帰りなさい」
 姉の初音が台所から顔を出した。十あまり上の姉は母のない四郎からすれば母のようなものだ。
 ただいまと答えて四郎は居間に入った。昔ながらの家はダイニングキッチンではなく、居間と台所はきっちり分けられている。
「遅かったのね」
「ちょっと砺波とね」
 友人の名を適当に語りつつ、掘り炬燵に潜り込んだ。
「お腹空いた」
「分かった」
 今日は何かのあんかけだった。野菜たっぷりでボリュームがある。
 テレビをかけると文化の日にされるイベントが告げられていた。
 姉の誕生日がそろそろ近いことを思い出した。いつもお世話になっている姉のために何か用意しなくてはならない。
 そう考え出す脳を目の前の料理が刺激する。
 これで一息つけると思った時、ドアの方で呼び鈴が鳴った。
「いただきます」
 姉は玄関から四郎を呼んだ。
「お友達よ」
 玄関に行くと、いたのは今日三度目の顔合わせとなる男子だ
「こんばんわ」
 声は優しいが視線に殺意を込める。
「話なら外に行こう」
「あがっていただけばいいのに」
「男同士の話なんだ。姉さんに聞かれるのは恥ずかしい」
 外に出た。
 風は先程より寒さを増していた。
「来て貰うぞ」
 そういう男子の胸ぐらを掴んだ。自分より背の高い男子の身体を自分の高さにひきずる。
「今度ここにきてみろ沈めるぞ、東京湾に」
 足音がした。それも複数。
 四郎は逃げる事を考えたが、やめておいた。
 家に押し掛けられるくらいなら全員ぶちのめした方がまだましだ。
 幸い東京湾に沈められる人の肉体にはまだまだ余裕がある。
 振り返ると立っているのは数人の男子。先程のものばかりだが、一人だけ見知らぬ顔だ。相手も四郎の目に気づいたようだ。
「小田壽といいます」
 柔らかそうな髪は大きくウェーブしていわゆるマッシュルームのようだ。育ちの良さそうな品のある顔立ちをしている。背は中背。体は細い。
「初めて剥き出しの殺意を見せましたね」
「これだけの人数に囲まれればね」
「嘘はいけません。数は問題ではないでしょう。あなたのそれは家を知られたからですね」
「どうも本気で手を汚すことになりそうだ」
 動機も理由も十分。あとは行動のみだ。リーダーという壽を押さえればどうにかなるだろう。
「あなたをスカウトしたい」
 壽の言葉に四郎は意識して目を細めた。


 これはまずいだろ と心の中で呟いた。四郎のカドカは制限いっぱいの九十九万円になっていた。残っていた金額を考えて昼食に牛乳を一本買った。残高は減ることはなかった
 四郎のカドカと共にあるのは昨夜のマッチ箱のようなものだ。
 マッチ箱を見ながら昨夜のことを思い出した。
 壽は周りにいた仲間に離れるように告げた。誰もが彼に従い強いリーダーシップを持っているのは明らかだ。
「座りませんか」
 壽は公園のベンチに座った。四郎もその横に座る。
「自分は些かこの街の仕組みをしっておりまして、少なくともポテトをサクラのポイントで手に入れるような事にはなりませんよ」
「まあ話は聞いておくよ」
「この街の中でのみ流通するカドカは現金で購入すると、3パーセントのポイントがついて運用されます。一万なら一万円三百円。微々たるものです」
「そうだ」
「その差額は先払いされている分の現金の運用でもたらされている事になっています。しかし今日日、それだけの利率は難しい。もっとも交換されるだけされて使われていないものもありますけれど。言ってしまえば、カドカはマネーロンダリングに使用されているのですよ。黒い金を小口のカドカに変えてしまえば無記名な上にポイントまでつく。安心なわけです」
「そんなのばれるだろ」
「でもカドカを運営している側が手を組んでいたらどうでしょう。そういったものを実際はかわれていない小口に分散する。同じ系列の会社なら右から左のポケットにお金が動いているだけのことになる。タンス預金に税金がかけれないのと一緒ですね」
「そんな」
「まあ信用できないでしょうから、明日一日あの奪われたカードを使ってみてください。そうされれば少しは納得されるでしょうから。返答はその際にでも」
「これはいけてる」
 呟くと目の前に昨夜あった亜麻色の髪の少女が居た。
「何がですか」
 側には昨日の少女がいた。校内だというのに手には竹刀袋がある。
「何でもない」
 あわててカードを隠す四郎に少女は興味なさげに離れた。
「どうしたんだ?」
「電子上のデーターは一見すると脆弱なものに見えますが、関連している範囲は非常に広い。外界で蝶を掴むのと同じように気をつけることですよ」
 蝶を掴むのに注意したことなどない。
 四郎は目を細めた。
「それにここには正義の味方がいますから」
「見つけた」
 どうも少女の発言は足止めだったようだ。昨日の女子が向かってくる。逃れようとして気づいた。校内でのルールを守りしっかり歩いてくる。
 四郎は迷わず走り出した。
 校庭に出れば迷わず走り出してくるだろうから、そのまま校内をうろついて教室に戻った。
「おい天見どうした」
 同じクラスの砺波だ。小柄な体ながら規定いっぱいの二刀流を使うことから今武蔵と言われる剣道部員だ。
「追われてるんだ」
「ついに参加したのかい」
 話しかけてくるもう一人は美術部の倉木だ。
 二人とも参加してはいないものの、選ばれてはいるので、同じような立場の四郎は気になるらしい。
「絵は脳と外界を結ぶインターフェイスだしね。それを持って戦うとは」
「まあ、悪くないと思うがな。俺だって部活なきゃやってるぜ」
「話を進めるな。そもそもしてない」
「てっきり日元に追われていたからそうかと思ったよ」
「え、誰だ」
「日元だよ。拳法使うやつ。さっき探しに来たぞ」
 あの女子の名は日元というらしい。
「学校の生徒が参加するのを嫌うからな同じ門派の人間が相手にいるらしい」
「同門か」
「家伝の掌法である君には縁のない話だね」
「まあね」
「なあ今日部活休みなんだけどボーリングでもいかないか。今日水曜だからやすいんだ」
「いいぞ」 
 懐に余裕があるのはすばらしい。今までなら悩むことなく断っていただろう。
「三人で遊びにいくなど随分久々だな」
「そうだな」
 
 ボーリングを四ゲームほど終えた頃すっかり空腹になっていた。そのまま三人でメクドを訪れた。
 メクドは今日も混んでいた。壽やその部下と思われるものの顔はない。
 昨日、おあずけになったポテトとミルクにかぶりつくと、随分と幸せな気持ちになった。
「悪くない」
 そして二人と別れ、家路を急いでいた。
 ボーリング場から川沿いの道を歩いていく。ジョギングコースとして整備されているものの夜間に使うものはほとんどいない。
 歩いていると気配を感じ四郎は振り返った。壽が立っていた。
「気づかれないようにしたつもりだったんですが無理でしたね」
「そうでもない」
 それが四郎の壽に対する評価だった。警戒して人気のない道を歩いていなければ壽に気づくことはなかったろう。四郎が人気のない道を選ぶのは選択肢を減らすためだ。
「いかがでしたか?」
「悪くない」
「満足していただけたようですね」
「ああ。何をしたらいいんだ」
「まあ案内人とボディガードのようなものです。この辺りは不慣れなので、お願いしますよ」
「わかった」
「そうそう、それは返していただいて、明日新しいものを差し上げます」
 四郎は差し出した。壽は受け取るとポケットに納めた。
「夜出歩かれても大丈夫ですか?」
「一度家に戻れば大丈夫だ」
「わかりました。では明日からお願いします。待ち合わせはこの先の四阿でよろしいですか」
 寿が指さしたのは、ジョギングの人間用に作られた休憩所だった。
「分かった」
posted by 相会一 at 21:15| Comment(0) | BeforeBabel PANDORA | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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