1992年04月01日

証明 prove 0














 公園には小さな弁天様を祭る社があった。かつては弁天様こそが主として、敬い崇められていたが、時代が過ぎ、今では忘れられつつあった。池が埋められ、周りが住宅地となると、公共の利益の名の下に、整備され、子供の遊ぶための土地となった。
 しかし、公園の態をなしていながら、今でも何かを感じるのか子供の姿は、今日も二人を数えるだけだった。
 公園にある木は茂った柊。その緑の中で桜が咲いていた。既に落花の時期を迎えているのか花びらが風に舞っている。
 子供の一人は落ちてくる花びらを見ていた。
 名前は天見四郎という。近所に住む幼稚園児だった。
「しろちゃん」
 風に併せて落ちていく花びらは、青い空という水面に舞うようで見ていてあきない。
 声をかけられたせいで邪魔をされて、四郎は少しばかり邪険に思いながら振り返った。そこには姉の五香が立っていた。
「何か変な感じがするの。帰ろう」
 時折五香はそのようにいうし、当たることも多かったが、穏やかな日差しや、綺麗な景色はそんな五香の予感よりも、ずっと明るく強かった。
「まだ明るいよ」
 姉から目をそらして再び桜を見た。
「もう本当に帰るの」
 いつものように怒って地面を蹴っている音がする。それでも桜を見続けていると姉がぶつかってきた。
 『何すん』だよと言い掛けて四郎は黙った。姉は震えていた。
「どうしたの」
「見えないの」
 桜の花びらが一斉に散った。
 花霞の中、影が一つ。しかし、その影の根本には誰もいない。
「そこ」
 五香の手が公園の一点を指さす。姉の声に触発されたように女の子は立っていた。
 喪服を思わせる黒いワンピースに包まれた身体は、それほど大きくはない。年は四郎とそう変わらない。十にはいっていないだろう。顔は綺麗を通り越して、人形であるかのように整っている。
「あなたかな。それともきみ?」
「逃げろ」
 姉をかばって前に出る。
 四郎は喧嘩には自信があった。中学生を相手に喧嘩して勝った事があった。武道家という浮き世離れした祖父の虐待めいた特訓で、自分が強いのは解っている。
しかし、この黒衣の女の子を前に思い出されるのは、『戦わなくて済むなら戦うな、勝てないなら逃げろ』という言葉だ。
 四郎は構えを取った。脇を締め、半身を向ける。体を小さくするそれは急所を守るための構えだ。
 女の子は手を挙げた。
 軽い振り。来るとわかる。だから、受け止めた。右腕の骨が小さく音を立てた。痛みで手がしびれている。それでも女の子に飛び込む。
「もう一撃」
 右腕が痛く、一瞬、早さが揺るんだ。
「斬れろ」
 声がかかった。手が四郎の上に掲げられていた。振り下ろされた手を今度は交わした。真横で地面が切り裂かれた。
 女の子は手を振り下ろしたまま、笑みを浮かべた。
「少しはできるのね」
 女の子は四郎を見つめた。
「くっそう」
 恐れに心が折れそうだ。いったいどれくらいこうして向かい合っているのか。
「あきちゃった」
 声は真後ろでした。目の前にいた女の子の姿はない。
 振り返れば女の子が。その向こうには走って逃げていく姉の姿がある。
 後ろに回られた。逃げなくてはいけない。そう思ったのに一瞬、匂いに我を忘れた。
 清らかな。そういっていい香りがした。しかし、その清らかさは澄みすぎていて周りを殺す。そんな香りだ。
「感覚の一部は開いているのね。二人まとめれば一人分」
 頭を捕まれた。左手ではがそうとするが動かない。先程腕の中で響いたのと似た音が頭でした。
 砕ける。そう思った瞬間、右腕が上がった。無我夢中で動かした右腕が女の子の顔面にあたった。
 四郎は地面を転がるようにして、女の子から離れた。いや、逃げたのだ。
 無茶をした右腕が痛さすらなく、垂れ下がっているのが不気味だった。
「お前」
 女の子は楽しそうに笑った。
「お前、名前は何というんだ」
「いう前にそっちが名乗れ」
 女の子の目が公園の垣根に向けられた。そこには柊が植えられてここが神域であるのを主張している。
「柊」
「嘘付け」
 四郎は怒鳴った。
「嘘じゃないけどね。名前を聞かれたのは今初めてだから」
「なんだそれ」
 女の子の顔がひきつったように硬くなる。それは怒りだ。人形めいてきれいなだけにその怒りは恐ろしい。
「うるさいなあ」
 柊は吐き捨てるように言った。
「出来損ないの癖に」
 少女は手を上に構えた。
「まあいい。一つにしてからその話は聞くよ」
 今までとは違う。遊びではない一撃が来るのは分かった。
「気楽に川を渡って」
 意識を集中しろ。腕の動きを、視線を。
 だから、女の子は自分にまったく触れていないはずだった。
 そんな思いも裏腹に体が崩れた。体に力が入らない。腹の底から沸き立つようなものはあるのに、手にも足にも命令がいかない。
「まだ残っているんだ」
 倒れた自分を見下ろしている顔。
「これ愛が好きな曲なんだけど」
 子守歌が聞こえた。体の感覚がなくなっていく。深い眠りが四郎を包んだ。


posted by 相会一 at 10:08| Comment(0) | BeforeBabel PANDORA | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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